「ブランコの夢」(反復夢)~カウンセリングで夢を話したら、心が変わっていった話~

幼いころから、何度も繰り返し見る夢がある。

公園のブランコに、一人で乗っている夢。

ブランコを漕いでいるうちに、どんどん勢いがついて、高くなっていく。
もう自分では漕いでいないのに、ブランコは止まらない。
あの高い木に足が届いてしまいそうで、空がどんどん近くなっていく。
今にも、ブランコがぐるっと一周してしまいそう。
恐怖で体に力が入り、ブランコの鎖を握る手に、ぐっと力がこもる。
けれど、いつまで経っても止まらない。
どうにもならないまま、最後は自分で手を離して、放り出される——

そんな夢だった。

目が覚めると、心臓がどきどきしていて、夢でよかった……とほっとする。
でも、放り出される瞬間の、あのふわっと浮く感覚だけは、いつも強く残る。

この夢の話を、私は誰にもしたことがなかった。

夢は昔から、不思議なものだと思っていた。
この夢に限らず、現実よりもリアルに、心に残る夢を見ることがよくあった。
小学生の頃、夢のことが知りたくて、大きな本屋さんへ行ったことがある。
でも並んでいたのは、「夢占い」の本ばかりだった。
私は、占いがしたいわけではなくて、夢とは何なのかを知りたかった。
ようやく見つけた本も、「予知夢」について書かれたもの。
私の見る夢の意味は、そこには書かれていなかった。

夢はずっと、私にとって「何かわからないけれど心に残るもの」として、存在し続けていた。

心理学者の河合隼雄氏に興味を持ったのも、ユング心理学を学んでいたからかもしれない。
夢というものが、心の深いところとつながっているらしいと知ったのは、もう少し大人になってからだった。

カウンセリングが始まってしばらくたったある日、私はふと、その夢の話をしてみたくなった。
「昔から、定期的に見る夢があって……」
そう言って、あのブランコの夢のことを話した。

話を聞いていたセラピストが、ぽつりとこう尋ねた。
「その公園には、ほかに人はいますか?」

考えたこともなかったけれど、思い返してみても、その夢の公園には、私以外の人は誰もいなかった。
「……誰もいないですね」
「……」
「人がいるかどうかなんて考えたこともなかったけど……そういえば、助けも求めていません。
いくら怖くても声も出さずに、一人でどうにか耐えていて、限界になったら手を離す……そんな感じです」

「あなたらしい夢ですね」
そう言われた瞬間、胸の奥に静かな衝撃が走った。
あたたかく理解されたという安堵と、
ずっと誰にも助けを求めてこなかった自分に気づいてしまった痛みが、
一緒にそこにあった。

このセラピーでは、「そのブランコを一緒に止められるようになっていきましょう」と、セラピストは静かに言った。
それは、私に「頼りなさい」と言うのでも、「私が止めてあげます」と申し出るのでもなかった。

押しつけがましさや支配的な言葉ではなく、
ただ、あの“誰もいなかったはずの公園”に、セラピストがそっと居てくれる——
そんな想像が、私の心にそっと残されたのだった。

だからこそ、私は少しずつ、自分のほんとうの声を出す練習ができるようになっていったのだと思う。
最初はぎこちなく、「こんなことを言ってもいいのだろうか」と戸惑いながら。

私にとって言葉はとても怖いものだった。

自分が何かを言うことで、どう受け取られるのかがわからない。読みきれない。

だからなるべく人が受け取りやすい言葉を選ぶ。

そうこうしているうちに、私の気持ちはどこかに仕舞われて、誰かにふさわしい言葉だけが手元に残る。

ブランコの振り子は、私の中で揺れる感情だったのかもしれない。
あるいは、誰かにそっと揺らされる私の心だったのかもしれない。

「悲しい」「怖い」「嫌だ」——
そう感じていても、声に出すことは許されなかった。
誰にも届かない「私の気持ち」が、ずっとそこにあった。

けれど、その公園に誰かが居てくれるという想像が、
少しずつ、私の内側にあたたかい変化をもたらしていた。

あの夢を見ることは、もうなくなった。
一緒にブランコを止めようとしてくれる誰かの存在が、私の心に少しずつ根を下ろしていったからかもしれない。

その代わりに、もう一つ、ずっと繰り返し見ていた夢が、静かに変化していった。
——その夢の話は、また今度。

繰り返される夢のなかには、
忘れていた感情や、言葉にならなかった気持ちが、静かにたたずんでいることがあります。

あなたにも繰り返しみてしまう夢はありませんか?

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